オードリーのANN in 東京ドーム、配信で観た直後です。
17:30からはじまって、21:00を余裕で過ぎたあたりで終了。
いやーあの伝説の回ばりに、興奮冷めやらないですね。
アラフォー男による感想
家で一人で見ました。
奥さんは仕事で帰ってこないし、そもそもオードリーファンでもございません。
知り合いと一緒に行く話もありましたが、結局は家で一人、マックを食べながら見ました。
そもそも家でほくそ笑みながら聴くのがラジオだと思ってるので、至福の時間でございました。
今度またやることがあれば誰か誘って行こうかな〜と思いますが、周りに私ほどの毎週聴くようなリスナーはいないので、それまでには同世代のオードリー仲間がほしいところですね。
やはり同じくらいの熱で話したいですしねぇ。
オードリーと年齢
リトルトゥースってどのくらいの年齢層なんでしょうか。
観客席を観ると割と幅広くいらっしゃった感じですが、街中でTシャツ着てる人とか割と若めだな〜と思って見てました。
私自身は1983年生まれですので、オードリーは5歳上。
アラフォーの男からすると、ちょっとだけ年上のにーちゃんという感じです。
キン肉マンよりはドラゴンボール、もっと言うと幽☆遊☆白書がドンピシャなんですが、それでもラジオで話している当時のカルチャーの話は、何となくの空気感や手触りを持って感じられます。
何かこう、少年時代にちょっと背伸びして友達の兄ちゃんと遊んでいるみたいな、そんな感覚になりますね。
あと、阿佐ヶ谷・高円寺・久我山・永福町・高井戸あたりは馴染みがあるので、そういうところも親近感が湧きます。
東京で生きること
よくわからない感覚なんですが、オードリーのラジオを聴く生活をしていると、何か東京で生きてきた自分を思います。
上京して十数年経ち、もうすぐ東京の生活の方が長くなりそうです。
ラジオもちゃんと聴き始めたのは2017年くらいだったので、ずっと聴いていたわけでもないんですが、自分の東京生活に、二人の話を重ねて聴くことがあります。
中央線界隈の話がまさにそれで、Orangeなんてもう、何か胸を締め付けられちゃってもう…
どうしようもない20代・30代中盤までを東京で生きてきて、ここ数年で報われてきてはいて、割と幸せで。
でも、苦しかった時、若林さんのエッセイに救われてきた人間としては、そんな幸せな自分に戸惑っている感じもあったりして。
贅沢な話ですけども。
生活を語るオードリーと、生活を歌う星野源
あ、何かそれっぽい見出しだ…!(笑)
私が書くので中身はスカスカですが。
東京を生きることって、自分の生活そのものでした。
そんな怒涛の生活を振り返る余裕なんて無いし、割と必死で生きてきた中で、二人が語る東京の生活の話って、自分の生活を客観的に彩ってくれる感じがしていました。
プロが語る何気ない生活の話が、抜群に面白い。
だから自分の生活も、何か面白いものなんじゃないかと感じる。
みたいな、そんな感じです。
生活のディティールに感情移入しやすいというのか、うーん。説明が難しい感覚ですね。
星野源(敬称略)も好きで聴いてますが、「生活」っていう言葉が度々出てくる印象があります。
いや、オードリーも星野源もとびきりのスターなんですが、それを良い意味であまり感じさせない。
自分のこの冴えない生活の延長線上にいるかのような、そんな錯覚をさせてくれるスターであり、希望です。
余談・リトルトゥース家族
仕事で知り合った方で家族(父・母・娘さん)でリトルトゥースという方がいます。
娘さんは中学生くらいかな。
お父さんが結構なヘビーリスナーで、休みの日にはオードリー縁の場所に行ったりするそうです。
チケットは外れたと言っていたから、家で皆で見たんでしょうか。
そうなるとDJ KOOのところが娘さんの教育的にどうなのか、余計なお世話で考えたりしてました。
スペーストルネード…(割愛)
サザンとかミスチルとか
オードリーのこの人気ぶりを見ていると、何かもうこの域って、ミュージシャンで言うとサザンとかミスチルとか、不動の人気を誇っているレジェンドバンドみたいな域にいる感じです。
昔はそういう、ファンがごった返すライブって、何か別世界の話という感じでしたが、今はその感覚が分かります。
若い頃、永ちゃんとかサザンとか、ステッカー貼るような熱狂的なファン心理って分からんわ〜と思ってましたが、今は非常に分かります。
たぶん、皆、自分の人生と重ねてるんですよねきっと。
もちろん、そのスターと同じ生活じゃないのは百も承知だけど、何か自分の夢を体現してくれているというか、この時代に華やかな世界で生き続けている、同じような価値観の人の姿をお金を払ってでも見たいんです。
スターの中にいる自分を見ているんだなと思った、オードリーANN in 東京ドームでございやした。